東京高等裁判所 昭和26年(ネ)1480号 判決 1952年8月09日
控訴人(債務者) 池貝鉄工株式会社
被控訴人(債権者) 市村恒二 外四名
主文
原判決中被控訴人等に関する部分を左のとおり変更する。
東京地方裁判所が右当事者間の同庁昭和二十五年(ヨ)第三号仮処分申請事件について昭和二十五年六月十五日なした仮処分決定中被控訴人市村、豊崎、高橋、小沢に関する部分はこれを取消す。
同被控訴人等の本件仮処分申請はいずれもこれを却下する。
右仮処分決定中被控訴人岡田に関する部分はこれを認可する。
訴訟費用中控訴人と被控訴人市村、豊崎、高橋、小沢との間に生じたものは第一、二審共同被控訴人等の負担とし、控訴人と被控訴人岡田との間に生じたものは第一、二審共控訴人の負担とする。
この判決は第二項及び第四項に限り仮に執行することができる。
事実
控訴代理人は、「原判決中被控訴人等に関する部分を取消す。東京地方裁判所が同庁昭和二十五年(ヨ)第三号仮処分申請事件について昭和二十五年六月十五日になした仮処分決定中被控訴人等に関する部分を取消す。被控訴人等の本件仮処分申請はこれを却下する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴人等代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。(疎明省略)
理由
控訴会社が、被控訴人等の主張するように、本店及び工場をもち、その従業員がそれぞれ単位組合及び連合会を組織し、控訴会社との間に労働協約を締結していること、被控訴人等が池貝鉄工神明工場労働組合の組合員であつて、控訴会社が被控訴人等に対し、昭和二十四年十二月十一日、同月十三日附で解雇する旨の意思表示をなしたことは、当事者間に争がないから、右解雇の意思表示の効力について逐次検討することとする。
(一)、労働協約第二十四条違反を理由とする無効原因の存否。
成立に争のない甲第一号証の記載によると、右協約第二十四条には、「組合は、経営権が会社にあることを確認する。但し、会社は、経営の方針、人事の基準、組織及び職制の変更、資産の処分等経営の基本に関する事項については、再建協議会その他の方法により、組合又は連合会と協議決定する。前項の人事とは、従業員の採用、解雇、異動、休職、任免及びこれ等に関連する事項をいう。」と規定せられているから、解雇の要否、範囲、条件等は勿論、これ等を決定するに必要である経営方針についても協議決定さるべきことは疑を容れないのであるが、原審における証人大原清四、選定当事者本人神山文一、市村恒二(第一回)、控訴会社代表者岡崎嘉平太本人の各供述、同供述によりその成立を認め得る甲第三号証の一、十八、第四、第五号証の各一、第十三号証の一乃至十三、第十五号証の一、二、六、乙第二号証、第四乃至第七号証、第十三、第十四、第十六号証、第十七号証の二、第十八、第二十二号証、第二十六乃至第二十九号証、第六十五号証の一乃至三、成立に争のない甲第三号証の二乃至十七、第四号証の二乃至七、第五号証の二乃至九、第十五号証の三乃至五、乙第十五号証、第十七号証の一、第二十四、第二十五号証の各記載によると、控訴会社は、終戦とともに、軍需工業より民間向印刷機、内燃機関の製造に主力を置く民需工業に転換したのであるが、重工業界の不振に加えて、国家賠償の打切り、労働攻勢による賃上要求等のため、極度の赤字経営に陥り、遂に昭和二十二年四月末の三十%の賃上承認を機として経営陣の総退陣となり、同年六月従業員幹部が会社役員に就任するに至つたのであるが、この頃より会社の経営に疑念をもつ大口債権者興業銀行は、一応貸出をやめて事態を静観する態度に出て、その後同年十月更に百%の賃上が行わるるに至るや、金融機関は完全に会社に対する融資を断つたため、その後は控訴会社は高利債の借入、手持資材の売却等によつて辛うじて経営を続ける外なく、会社の負債は既に一億に及び、他方有効需要は激減し、経営は破滅寸前の状態にあつた。この間に処して、会社は、昭和二十四年三月各工場の独立採算制を実施して、再建を図ろうとしたが、生産実績が向上しないため、同年八月再び綜合経営制に復帰せざるを得なかつた。かかる苦境にある会社再建のため、招かれて岡崎嘉平太は昭和二十四年六月控訴会社の顧問となり、次で同年八月社長に就任したのであるが、同人は社長就任を機として、ペイライン月産三千五百万円を目途とし、生産計画の促進、生産実績の向上、営業活動の刷新等よりなる第二次生産計画を樹立し、会社の再建を図つたのであるが、月産実績は、生産計画を下廻り、昭和二十四年八月より同年十月までの平均月産は、三千万円にすぎざるに反し、同年六月から十月までの間に借入れた運転資金六千万円は殆どこれを費消し、しかも同年十月までの未回収売掛金四千四百万円も、これを担保として三千万円を借入れ、利用し得る原材料としては、当時約千万円程度のものを残すにすぎず、しかも工作機の見通しも困難となり、他の競争会社と比較して製品のコストは高く、販売条件も不利であり、一般経済事情の変化に伴い販売上の困難を目前に控える実情に至つた。ここにおいて、控訴会社は、かかる第二次生産計画の低迷状態を速かに脱却し、緊急に危機を未然に防止するため、月産の差額五百万円の赤字を解消すべく、内二百五十万円は経費の節約により、内二百五十万円は人件費の削減によりこれを埋めることとし、従業員中低能率者、出勤不良者、生産阻害者等十乃至十五%を整理する方策を立て、昭和二十四年十一月十六日前記労働協約第二十四条により連合会に対し、人員整理を含む会社経営方針に関する協議を申入れたところ、連合会は単位組合の代表を交えて連合闘争委員会を組織して、同月十七日より会社と交渉するに至つたのであるが、同日の協議会においては、会社は理由書(乙第十五号証)その他の文書を示して人員整理の必要已むなき所以及び整理基準を説明した上約十五%の人員整理案を発表し、その後の交渉においては、連合会は、人員整理の必要があるかどうかを知るためには、先ず経営方針について協議に入るべきであるとし、又会社の現況においては人員整理の必要は認められないと主張したのであるが、会社は、人員整理の基本線は動かし得ないとして整理基準の協議促進を強調するに終始し、結局同年十二月八日の協議会においては、整理基準に関する若干の質疑応答並びに一部の修正がなされたのみで、会社は同日協議を打切り、連合会に対し最終回答を求め、連合会は、同月十日被控訴人等の主張するような回答をなし、会社は時日の遷延を許さずとし、綜合経営上個々の工場と接衝し個々の決定はできかねるとして、経営権の発動を宣し、翌十一日前記解雇の意思表示をなすに至つたことが一応認められ、この疏明を左右するに足る資料はない。してみると、会社の態度において自説を固執しすぎて、組合側を納得せしめる上において欠けるふしがないわけではないが、会社存続の合理化方策としての人員整理を前提としない組合側の献策も、第二次生産計画の失敗その他過去の実績に徴し、目前の会社の危機を打開する方策としては、早急にその実効を期し難いものがあるとも考えられるので、組合側としては、人員整理の基本線については一応これを譲歩し、進んで整理の範囲、整理基準等の協議に入るべきであつたと思われる。かように考えると、会社が時日の遷延を許さずとして解雇を発表するに至つた前記態度をもつて、あながち協約違反として咎め得ないものがあるといわなければならない。しかして、原審における証人豊崎啓二郎、渡辺良雄の各証言、同証言によりその成立を認め得る甲第十一、第十二号証、乙第三号証の一、成立に争のない乙第三号証の二、甲第一号証、前示乙第二十二号証の各記載によると、連合会は、その出発のはじめには規約をもち、各単位組合の連合体としての実質と形式をもつていたが、昭和二十一年に各単位組合が全日本機器労働組合に加入するとともに、その傘下の連合体となり、それまでの規約を破毀し、全日本機器労働組合の線に沿つた新規約を作るために審議したが、まとまらないうちに、昭和二十四年三月に本店及び神明の各組合が全日本機器労働組合の後身である全日本金属労働組合を脱退したので、連合会の性格も一変し、一層規約を作る必要に迫られたが、まとまらないまま今日に至つているのであるが、しかも連合会は、各単位組合が企業内において共通する利益に基き統一ある行動をとり、共同闘争によつて労働者の地位を向上させることを目的として構成され、各単位組合の委員長を含む三名の代表で構成される連合委員会と各単位組合の委員長中から互選される連合委員長をもち、単位組合間の行動を調整し、単位組合に共通する事項については、特に単位組合より反対の意思の表明なき限り、会社と団体交渉に任じて来たことが一応認められ、これを左右するに足る資料はないから、単位組合に共通する事項については、連合会の団体交渉の効果は各単位組合に及ぶものと解するを相当とする。従つて、この見地に立ちて本件人員整理に関する前記交渉経過を検討すると、連合会が昭和二十四年十二月十日の最終回答をなすに至るまでに会社との間で協議したところは、会社と各単位組合との間で協議されたものと判断して差支えなく、右回答においては、各単位組合が協議の続行を求めていることを告げているので、連合会は、爾後の折衝を、各単位組合との個別交渉に残して手を引いたものと解すべきであつて、会社にはなお各単位組合との間に協議をなすべき義務が残つているものといわなければならない。しかしながら、前掲疎明資料によれば被控訴人等の所属する神明組合にあつては、人員整理の基本線についても、これを承認しない事情にあつたのであるから、会社として同組合と個別交渉を続けても、結局妥結することは困難であつたと認むべく、これを覆えすに足る疎明資料はないので、会社が同組合と個別交渉をしなかつたことを目して、協約に違反するものと咎めることはできない。既に人員整理の基本線について妥結の余地がない以上、その実行方法たる整理基準その他について協議する余地のないことは明らかであるので、会社がこの協議をしなかつたからといつて、協約に違反するものということはできない。
(二)、労働組合法第七条第一号違反を理由とする無効原因の存否。
当審における証人松村晃、高木武治の各証言、同証言によりその成立を認め得る乙第十九、第三十二、第四十三、第五十三号証、第五十四号証の一、二の各記載によると、会社は人員整理の基準として(1)出勤状態の悪い者。(2)技術低位又は非能率の者。(3)職務怠慢の者。(4)社規を紊した者又は業務命令に違反した者若しくは職場秩序を紊した者。(5)会社の業務運営に協力しない者。(6)精神若しくは身体に故障があるか又は虚弱、老衰、疾病のため業務に堪えられない者の六項目を定め、被控訴人等が別表記載のようにそれぞれ右基準に該当するものとして、前記解雇の意思表示をなしたことが一応認められるので、被控訴人等が果して整理基準に該当するものであるかどうかについて判断することとする。
原審における証人豊崎啓二郎、能勢敬次郎、高木佐喜雄、高橋盛男の各証言、被控訴人市村恒二の第一、二回本人尋問の結果、当審における証人西川広、松村晃、高木武治の各証言、各被控訴本人尋問の結果、右各証人、本人の供述に徴してその成立を認め得る甲第八、第九号証、第十号証の二、第十八号証、第二十六乃至第二十九号証、第四十八号証、第五十一号証の一、二、第五十五、第五十六、第五十七、第五十九号証、乙第三十、第三十九号証、第五十号証の二、第六十一号証、成立に争のない甲第三十号証、前示甲第一号証、乙第三十二、第四十三、第五十三号証の各記載によると、
(1) 被控訴人市村については、(一)、昭和二十一年四月より同二十四年三月までの間就業実績の少かつたこと。(二)、昭和二十四年五月頃より細胞機関紙の編集、印刷等のため多少の就業時間をこれに費したこと。(三)、昭和二十二年十二月頃現場事務所内において「共産党員でなければ真の労働者でない」と放言したこと。(四)、昭和二十四年六月海上保安庁の発注が中止となるや細胞機関紙に「生産計画に大穴があいた」なる記事を掲載したこと。(五)、昭和二十三年五月東宝争議に際し組合大会において池貝の再建が緊急であるとの意見に対し「労働者の立場に立脚すれば池貝の一企業が破滅すること位は止むを得ない」と放言したこと。
(2) 被控訴人豊崎については、(一)、昭和二十三年十月以降残業したのは十二月一回二月三回のみで他の残業を拒否したこと。(二)、昭和二十二年六月会社の提案した能率給制施行案について「労働者は搾取されるばかりである。このような制度に賛成することは組合員相互間の摩擦を来し組合の団結力を弱め反組合的である。単に注文を多くとり生産を挙げることは労働者を労働強化に追込むに役立つだけである」等言つて反対しこれが実現を阻止したこと。(三)、作業実績の少いこと。
(3) 被控訴人岡田については、(一)、就業時間中アカハタを読んだりこれを配布したこと。(二)、昭和二十四年二月より七月まで数回に亘り職場ストに参加したこと。(三)、稼働率の少いこと。
(4) 被控訴人高橋については、(一)、屡々職場を離れ組合事務所に出入したこと。(二)、昭和二十四年二月より七月まで数回に亘り職場ストに参加し、同年五月には既に作業を開始した第一作業区平削盤の作業員に呼掛けサボに同調させ、又同年七月には海宝義一と同道して現場事務所に到りその職員をサボに同調させたこと。
(5) 被控訴人小沢については、(一)、組合役員でないのに就業時間中屡々席を離れ組合事務所に出入したこと。(二)、アカハタその他共産党に関連のある印刷物を配布し就業時間に数分かかることのあつたこと。及び最近は「三鷹事件の真相」なるパンフレツトを就業時間中売り歩いたこと。(三)、就業時間中女子従業員に入党を勧告したこと。(四)、組合役員でないのに就業時間中女子従業員を集めて話をしていたこと。
は一応認められるが、被控訴人豊崎が非能率者であること、被控訴人高橋が第一作業区の作業員に対し強制的にモーターのスイツチを切らせたことについてはこれを認めることができない。しかして右認定に反する前示証人、本人の各供述部分並びに甲乙各号証の記載部分はいずれも信用できない。他に右認定を左右するに足る資料はない。
控訴会社は、被控訴人等は、いずれも神明細胞の一員であつて、前示認定の所為は、同細胞の活動としてなされたものであつて、組合活動たる性質を有するものでないと主張するので案ずるに、前示疎明資料によると、被控訴人等が神明細胞の一員であり、同細胞が日本共産党の一組織であつて、労働組合たる神明組合とは別個の団体であることはこれを肯認するに難くないが、他方同細胞が組合員たる被控訴人等に対し組合員として活動をなさしめることによつてその政治目的達成に資せようとしていることも窺われるので、被控訴人等が同細胞の一員であるからといつて直ちにその活動をすべて細胞活動であると断ずることはできないし、又組合員たるの故をもつてその活動をすべて組合活動であると即断することも妥当でない。そのいずれであるかは、外部に現われた行動その他からして推測せられる意思によつて定めるの外はない。そこで被控訴人等の前示所為を検討しよう。被控訴人市村について認定された(二)及び(四)の所為、被控訴人岡田、小沢について認定された入党勧告乃至はアカハタ配布の所為はいずれも労働組合法第七条にいわゆる組合活動と認めるに由ないが、その余の前示被控訴人等の所為については、組合員たる意思を排除してなされたものと認め得る疎明資料がないので、組合活動であるとなさざるを得ない。尤も会社は本件解雇後被控訴人等の活動につき細胞活動と認められる多くの疎明資料を提出しているが、右活動は会社の解雇処置に対する反撥作用と認められぬこともないので、右事実からしてたやすく叙上の認定を覆えすことはできない。
よつて進んで前示認定の被控訴人等の所為に対する整理基準適用の当否について考察することとする。
(イ)、被控訴人市村、豊崎、岡田がいずれも就業実績或は稼働率の少ないこと、高橋が屡々組合事務所に出入し職場を離れていたことについて。
前示疎明資料によると、同人等はいずれも当時組合の役員として活動しており、殊に岡田は生活部長として給料遅配下における組合員の厚生事務をも担当し、いずれも組合の用務が多かつたこと及び昭和二十四年八月に更新されるまでの旧労働協約時代にありては就業時間中の役員の組合活動が黙認されていたことが認められ、同人等が殊更に組合の用務のないのに、これに名を藉り、就業を怠つた事情は認められないので、基準(3)或は(5)に該当せしめることは妥当でない。
(ロ)、被控訴人市村が細胞機関紙の発行のため多少の就業時間をこれに費したこと、岡田が就業時間中アカハタを読んだりこれを配布したことについて。
前記疎明資料によると、市村は僅かの時間就業時間に喰いこんだものであり、岡田は機械操作の待時間を利用してなしたものであつて、当時給料遅配等のため職場の規律も弛緩していて特にこれらにつき注意のなされなかつたことが窺えるから、多くこれを咎めることはできないものといわねばならない。
(ハ)、被控訴人市村が「共産党員でなければ真の労働者でない」と放言したことについて。
前示疎明資料によると、右は同人が労働者の一般的立場から批判をなしたに過ぎないのであつて、従業員の作業意欲の低下等を意図して表明したものと認めることができないから、これをもつて基準(4)に該当せしめることは妥当でない。
(ニ)、同被控訴人の前示(四)の所為について。
前示疎明資料によると、当時会社の経営困難を極め、従業員の多くは給料遅配のため職場を放棄し、生産は危殆に瀕していて、会社はこの窮状を打開するため独立採算制を採用し、組合もまた事実上これが実施を了承していた際、右独算制を破砕する意図の下に右所為がなされたことが一応認められるので、会社の施策において同被控訴人の憤満を助長した点もないではないが、右所為は基準(4)にいわゆる職場秩序を紊したものに当るか乃至は基準(5)にいわゆる会社の業務運営に協力しないものに該当すると認めるを相当とし、これを覆えし得る資料はない。
(ホ)、被控訴人市村の前示(五)の所為も、前示疎明資料によると、会社の経営が困難を極め、池貝の再建を念慮する組合員もあつた際における発言であることが一応認められるから、労働者の意識を昴揚させるための発言として恕し得る点もないではないが、右所為は基準(5)に該当すると認めるを相当とし、これを覆す資料はない。
(ヘ)、被控訴人豊崎の残業拒否について。
前示疎明資料によると、神明工場においては、昭和二十二年九月六日附神明分会委員長より神明工場長宛「労働基準法施行に当り時間外勤務取扱に関する件」と題する文書に基いて、已むを得ない場合は基準法により組合と協定する必要のない範囲で時間外勤務を命ずることができるとの方針の下に残業が行われて来たが、昭和二十四年八月七日に同分会と会社との間に時間外労働に関する正式の協定が結ばれ、「時間外勤務は作業計画上真に必要なるもののみに限定すること、時間外勤務の割当は公正妥当なること、各人については隔日(週三回)二時間勤務となるようにしそれを越えないことを原則とすること」等の諸事項が定められ、その後若干の修正を経たが大差なく同年十一月九日まで右協定が実施されて来たことが認められるので、組合員は、正当の理由のない限り、会社の残業命令に服すべき義務あるものというべきところ、豊崎においては、残業を拒否し得べき正当の事由についての疎明がないので、右所為は基準(4)或は(5)に該当するものとなさざるを得ない。
(ト)、被控訴人豊崎の前示(二)の所為について。
前示疎明資料によると、会社は、その経営の窮状を打開するため、能率給制施行案を提議したものであつて、その実現が阻止されたため、生産は益々挙らず、深刻な給料遅配の状態を現出するに至つたことが一応認められ、これを覆えすに足る疎明資料もないので、右所為は基準(5)に該当するものといわざるを得ない。
(チ)、被控訴人岡田の前示(二)の所為について。
前示疎明資料によると、当時会社においては給料の遅配甚しく、一ケ月五、六回乃至十二、三回に分割して支払われ、一回二、三百円のこともあつて、従業員は不満と不安のうちに作業していたことは一応認められるが、岡田においてかかる状況を利用して職場を混乱に陥れんとする意図の下にサボに参加したとは認められず、これを覆えすに足る疎明はないので、同人が従業員の一員として職場ストに参加したからといつて、これを直ちに基準(4)に該当せしめることは妥当でない。
(リ)、被控訴人高橋が前示職場ストに際し他の従業員に同調させる役割を演じたことは、当時従業員が会社の給料遅払のため不満のうちに従業していたことの恕し得る点があつたにせよ、不満激発の赴くところ程度を越えたものというべきであるから、基準(4)に該当するものと認めるを相当とし、これを覆えし得る資料はない。
(ヌ)被控訴人小沢の前示(一)乃至(四)の各所為は、これを個別して考えると、多くこれを咎め得ない疎明もないではないが、これを合一して考え、更に同人が婦人従業員中の最年長者であつた事情をも参酌すると、会社が同人の所為を基準(4)或は(5)に該当するものとなしたことは、あながち不当ということができず、これを覆えずに足る疎明はない。
以上のように、被控訴人市村、豊崎、高橋、小沢の四名については、会社が解雇の理由としている事実があるが、岡田については、かかる事実はないのである。被控訴人等は、会社の解雇は、被控訴人等が組合活動を活溌にして来たことを支配的な動機としたものであると主張するけれども、これを肯認するに足る疎明資料はない。してみると、控訴会社の被控訴人市村、豊崎、高橋、小沢に対する前記解雇の意思表示は有効であるが、岡田に対する解雇の意思表示はその効力を生ずるに由ないものといわねばならない。
(三)、仮処分の必要性。
被控訴人岡田が会社を唯一の職場とし、賃金によつて生活を維持していることは、当審における同人の供述により一応認められるので、特段の事情がない限り、本案判決確定に至るまで、解雇せられたものとして賃金の支払、就業の点で会社の従業員と異る待遇を受けることは、著しい損害であり、精神的苦痛も甚大であるべきことは、これを推認するに難くないところである。控訴会社は、本件仮処分によつて同人が細胞活動をなすことにより会社が蒙る損害は、同人がその求める仮処分のなされないことによりて受ける損害に比すべきものでないから、仮処分の必要がない旨主張するけれども、右の事情は控訴会社に保証を立てしめることによつて仮処分を取消し得る事情としては考慮さるべきも、仮処分の必要そのものには何等関するところがないものと解するを相当とするゆえ、控訴会社の右主張は到底採用することができない。しかも本件にありては、岡田の労務提供義務と会社の賃金支払義務とを別個に取扱い、後者のみの設定によりて仮処分の目的を達し得るとの事情を認むべき疎明資料もないのである。
以上の次第であるから、被控訴人市村、豊崎、高橋、小沢の本件仮処分申請は、いずれも理由ないものとして却下すべきであるが、岡田の仮処分申請は理由あるものというべく、従つて右と異る原判決はこれを変更することとし、民事訴訟法第九十六条、第九十五条、第九十三条、第八十九条、第七百五十六条の二を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 柳川昌勝 村松俊夫 中村匡三)
(別表)
解雇理由表
市村恒二
基準
(3)
一、組合役員中「自分は会社の仕事をしなくともよいのだ、給料だけもらつていればよい、自分は業務以上の仕事をしているのだ」と屡々上司同僚に放言して職務に極めて怠慢であつたこと。
(4)
二、終戦以来共産党活動に没頭し、就業時間中細胞機関紙「点火栓」及び「推進軸」を編集印刷配布する等組合活動を逸脱する行為が多かつたこと。
(4)
三、昭和二十二年十二月事務所内において「共産党員でなければ真の労働者ではない」と放言する等共産党の政治活動を行つたこと。
(4)
四、昭和二十四年六月海上保安庁の発注が中止になるや、他より引続き受注があつたのに、「生産計画に大穴があいた」と喧伝して、将来の経営の不安定をかもし、従業員の心理を不安に陥れるが如く、会社の施策を曲解誹謗し、従業員の会社に対する協力心を阻害したこと。
(5)
五、東宝争議に際し、当時の組合大会において、「他社の争議応援より池貝再建の方が緊急である」とする組合員の意見を痛撃して「労働者的立場に立脚すれば池貝の一企業が破滅すること位は止むを得ない」と放言して組合員を煽動したこと。
(6)
六、組合専従者でないのに、組合用務のないときにも、業務についていることが殆どなく、生産阻害に甚大な影響があつたこと。
豊崎啓二郎
基準
(2)
一、同僚中下位に属する非能率者であつて、経営効率上不要の人物であること。
(4)
二、正当の理由なく組合との協定による残業を常に拒否したこと。
(5)
三、昭和二十三年三月に至る間「生産の増強受注の促進が反組合的であり組合の御用化である」と喧伝し、一般従業員の作業意欲の低下を策し、ために計画生産は甚しく訴外されたこと。
(5)
四、組合役員であつたが、役員としての用務なきときは作業につくべきであるのに、殆ど作業しなかつたこと。
岡田光之進
基準
(4)
一、就業時間中アカハタ等を配布し、就業時間中よんでいたこと。
(4)
二、昭和二十四年二月より七月まで数回協約に違反し組合の決定によらずして機械工場職場懇談会の名の下にストを行い、生産を阻害した指導者であること。
(4)
三、組合役員として用務なきときには作業につくべきにかかわらず、稼働率が非常に少く、特に昭和二十四年九月は日課計上の時間が全然つかめないこと。
高橋盛男
基準
(3)
一、組合専従者でないのに終始職場を離脱し、組合事務所に出入し、作業を怠つていたこと。
(4)
二、昭和二十四年二月より七月まで数回協約に違反し組合の決定によらずして機械工場職場懇談会の名の下に職場ストを行い、生産を阻害した指導者であること。
(4)
昭和二十四年五月組合の決定によらないサボの主導者となり、既に作業を開始した第一作業区平削盤の作業者に対し、強制的にモーターのスイツチを切らせ、サボに同調させたこと。
(4)
四、平素のサボ等に卒先指導の役割を演じたこと。
小沢道子
基準
(4)
一、組合専従者でないのに、上司の許可なく、就業時間中屡々組合事務所に出入し、再三の注意にも反省しなかつたこと。
(4)
二、就業時間中アカハタその他共産党に関連のある印刷物を職場内に配布していたこと。
(4)
三、最近は共産党関係の「三鷹事件の真相」なるパンフレツトを時間中販売して歩いたこと。
(5)
四、就業時間中上司の許可なく屡々女子従業員を集め、作業運営を阻害し、又入党勧告を行つていたこと。
以上